高温現場での安全管理をデータで再設計
明治8年創業の株式会社ヤマサキは、スマートヘルメットを手がけるBeeInventorとの実証実験(PoC)を経て、製鉄所の高温現場における熱中症対策の第2フェーズに移行しようとしている。検証は2025年に千葉営業所で行われ、約10名の作業員を対象に、バイタルや環境データの取得と解析が実施された。
対象現場は炉周辺で、炉内部は800度を超える場所がある一方で、溶融鉄を扱う炉そのものは報告で示されるように1600℃に達する環境を伴う。こうした極端な温度環境の下で、従来は経験や感覚に頼っていた安全管理を、IoTとAIで補強する取り組みが焦点となる。
PoCで計測した項目と主要知見
実証では以下の3項目を中心にデータを取得した。
- 作業員のバイタルデータ(体温・心拍数)
- 作業環境のWBGT(暑さ指数)
- 加速度(身体の動き)
併せて、重機接近時の警告機能や位置測位も検証され、BeeInventor側は既製品をベースに現場の要件に応じたカスタマイズを実施したという。
「データで安全を語る意識が芽生えた。作業環境と休憩時間の設定だけでは不十分だということが、今回のデータで明確になった」— 向井 裕一(プロジェクトリーダー)
加速度が示したリスクの差
PoCの定量結果では、体温上昇・加速度・WBGTの3要素が熱中症リスクと強く相関した。とりわけ、同じWBGTの条件下でも身体の動きが大きい作業ではリスクが高まる点がデータで確認され、「休憩時間の管理だけでは対応が不十分」という実務上の示唆が得られた。
この知見は、暑さ指数だけに依存する従来の管理基準の見直しを促す可能性がある。作業強度や動きの大きさを勘案した休憩・交代の運用設計や、動的なアラート基準の導入が検討されるべきだ。
| 計測項目 | 目的 |
|---|---|
| 体温・心拍数 | 個人の生理的負荷を把握 |
| WBGT | 作業環境の暑さ評価 |
| 加速度 | 作業強度・動作の大きさを推定 |
現場との対話で作り上げたプロダクト
BeeInventorは既製品を現場要件に合わせて随時カスタマイズした。ヤマサキ側は事務系と技術系が混在する横断的な5名のプロジェクトチームを組み、定例ミーティングを通じて仕様を詰めたことが円滑な検証につながったという。両社の対話重視の姿勢が、現場の実態を反映した検証設計に結びついた。
「スマートヘルメットが使える場所は、建設現場だけではない」— 西村(BeeInventor)
この発見は開発側にとっても重要で、製鉄所という想定外のフィールドが新たな市場性を示した。現場とのプロセスを重視することで、単なる製品供給ではなく運用に即したソリューションが生まれている。
背景と今後の影響
日本の高温下作業は、気候変動による夏期の猛暑や労働力不足と相まって安全対策の強化が喫緊の課題だ。今回のPoCは、熱中症対策を機械的な休憩管理から、個人の生理情報と作業状況を組み合わせた動的管理へ転換する試みとして重要性を持つ。
第2フェーズでは、より多人数・多様な作業条件での検証や、AIモデルの高精度化、現場負荷の少ない運用設計などが焦点になるとみられる。産業横断的に同様の課題を抱える業種(例えば建機・プラント・物流等)への展開も視野に入るだろう。
ただし、導入にあたっては作業員の心理的抵抗やプライバシー、データ利活用の透明性確保といった運用上の課題解決が必要だ。実証の段階で指摘された「監視されている」という感覚をどう解消し、現場文化に根付かせるかが普及の鍵になる。
今回の取り組みは、老舗の現場知とデジタル技術の接合がもたらす実務的ブレークスルーの一端を示している。緻密なデータ取得と現場との対話を通じて、安全管理の基準と実践が変わる可能性がある。産業現場での「熱中症ゼロ」に向けた動きが今後どのように広がるか、注目される。