産地消と観光を結ぶ「生」での提供にこだわる8年目の取り組み
長崎県新上五島町で養殖されるクロマグロを、冷凍せずにそのまま食べられる状態で提供する取り組みが活動開始から8年目を迎えた。2019年に発足した「上五島養殖まぐろ振興協議会」は、生産者、加工・流通・販売業者、飲食店・宿泊業、観光協会や行政などが連携し、産地の味覚を前面に打ち出して離島観光の活性化につなげることを目的としている。
協議会の中核に位置するのが、町内でスーパー「カミティバリュー」を運営する中村興産だ。同社の中村裕一事務局長は、生産者から仕入れたマグロをさばき、スーパーや加盟飲食店・ホテルに卸す役割を担う。協議会は「冷凍せず、生で提供する」ことをルールの柱とし、産地ならではの食感や風味を観光資源に変える戦略を続けている。
「最初は、地元で1本売るだけでふぅふぅ言っていた。今では、月平均10本は売れる」。
この言葉が示す通り、当初は消費習慣の違いなどから採算面で苦戦したが、活動の継続で認知が広がり販売本数は増加。協議会が掲げる「生で食べる価値」の浸透が進んでいる。
地場産品の価値づけと波及効果
新上五島の養殖マグロは、主に対馬や五島列島を含む県内の漁場で育てられ、国内でも生産量が高い位置にある一方で、従来は県外への出荷が大半だった。協議会は地域内での消費を増やすことにより、観光客を呼び込み、観光収益へつなげることを目指している。
取り組みの波及は商品開発や外部評価にも現れている。2020年には町内の酒造会社と連携して、生マグロの味覚に合わせた焼酎が生まれ、2025年3月には県の「推し魚プロジェクト」の第1号に同町の養殖マグロが選定された。さらに同年11月には、協議会が県の「ながさき水産業大賞」の特別賞を受賞するなど、公的な評価も得ている。
観光施策としての実行面と来訪者への影響
協議会は発足以来、町内飲食店やホテルが参加する「まぐろフェア」を回数を重ねて開催している。2019年の発足以来、年3回の開催を継続しており、2026年7月25日から8月23日までの期間で第22弾のフェアが予定されている。参加店はそれぞれの得意料理で生マグロを提供し、訪問客に産地ならではの食体験を提供する。
この取り組みは島外からの来訪動機を創出する効果が期待される。冷凍技術の進展によりマグロ自体は季節を問わず手に入るが、脂の乗った“生”の食感や濃い味わいは産地で食べることでしか得られないとして、観光の差別化資源となる可能性がある。
- 町内消費の拡大:流通の一部を町内で完結させることで地元事業者の収入につながる。
- 観光誘客の素材化:生マグロを目的にした旅行客の増加が見込まれる。
- 関連産業の波及:飲食、宿泊、加工、酒造など関連分野への波及効果。
地域経済の実務的な側面と留意点
現場の取り組みは順調に見えるが、持続可能な観光化にはいくつかの実務的課題がある。まずは供給量の安定だ。現在の取り組みが成長すれば、加工・提供体制や人手、衛生管理の強化が必要になる。生で提供するという基準は品質管理や物流の短縮を前提とするため、鮮度維持のための加工場や設備投資、衛生基準の徹底が不可欠だ。
次に、地元消費文化との調整も必要だ。記事は地元で白身魚を好む傾向があり、マグロを食べる習慣が薄かったと指摘している。消費の多様化を促すための地元向けプロモーションも、観光客向け施策と並行して行う必要がある。
| 項目 | 現状 |
|---|---|
| 協議会発足 | 2019年 |
| 活動年数 | 8年目(2026年時点) |
| 販売のめやす | 1本約70kg、月平均10本 |
| 直近企画 | まぐろフェア 第22弾(7月25日〜8月23日) |
また、観光客増加に伴う地域の受け入れ能力も課題となる。宿泊、交通、飲食店のキャパシティを超えた来訪が短期的に集中すると、住民生活への影響やサービス低下を招く恐れがある。持続的な観光振興には、受け皿の整備と需要の季節的分散を図る広報戦略が求められる。
住民と事業者にとっての実利と今後の展開
住民・事業者にとって直接的なメリットは、町内での消費拡大と観光収入の獲得である。魚の付加価値を高めることで地場産業の単価向上が期待でき、関連する加工や飲食業の人手不足解消や雇用創出にも寄与する可能性がある。中長期的には、地域ブランドとしての確立が重要で、品質基準の浸透と一貫したPRが鍵を握る。
協議会の成功事例は、ほかの離島でも参考にされうるモデルケースだ。地域資源を「体験」として提供する観光の在り方は、一次産業の価値を地域全体の所得につなげる道筋を示す。今後は、供給側の拡充、衛生・加工設備の整備、観光動線の整備といった具体的投資が焦点となるだろう。
7月25日から始まるフェア期間中は、参加店で生マグロを使ったメニューを味わえる。訪問を検討する観光客は、提供形態や営業時間、予約の有無などを事前に確認するとよい。事業者側は、質の維持と受け入れ態勢の整備を急ぎ、産地消費の拡大を地域経済の実らせる取り組みとして定着させる必要がある。
(長崎県担当記者 藤原 楓)