地元企業の人事現場に入り始めたHRテック
人事領域で人工知能(AI)などの情報技術を活用する「HRテック」の導入が静岡県内でも具体化している。人事研修の講師選定をAIで支援するマッチングサービスが今春に始動し、静岡大学情報学部の狩野芳伸教授らの協力のもとに運用されている。企業が求める要望と講師のパーソナリティーや専門性を高精度ですり合わせることを目指し、研修の成果を高める狙いだ。
開発・運営は人事コンサルティングを手掛ける株式会社M&Tラーニング(静岡市葵区)。同社は4月から法人と研修講師をつなぐマッチングサイトの運用を開始した。サービスは、企業の「どんな悩みを解決したいか」といった要求をチャット形式で聞き取り、複数の候補講師を適合度の高い順に提示する仕組みを採用している。
自然言語処理で「聞き漏らし」を補完
今回のAI活用の特徴の一つは、企業からの要望の解析だ。企業側が必要な情報を十分に記載しなかった場合、システムが自動で追加の質問を行い、欠けている情報を補完する。これにより、候補講師の抽出精度を高める取り組みがなされている。狩野研究室のこれまでの研究成果、例えば議事録の解析を通じた質問と応答の整合性を評価する技術などが、マッチングの精度向上に応用されている。
「AIにより人事業務の効率化、精度向上、戦略の高度化を図る」―M&Tラーニング・松本保美代表
同サービスには中小企業診断士、企業経営者、アナウンサーら約100人が面談を経て登録されている。面談内容はAIで文字・音声・映像のデータとして解析され、講師の特性を多面的に評価できる形でデータベース化されているという。
研修後の分析や人材ポートフォリオ作成も視野に
単に講師を紹介するだけでなく、受講者の理解度に応じたアンケート分析や、組織内の管理職や専門人材のバランスを可視化する「人材ポートフォリオ」作成などのサービス展開も進められている。将来的には社外の第三者評価をAIで支援し、管理職登用などの人事判断に活用する「人材アセスメント」領域への応用も計画されている。
- 要望の不備を自動で補う「聞き返し」機能でマッチング精度を向上
- 面談の文字・音声・映像を解析して講師の特性を多面的に評価
- 研修効果の分析や社内人材の可視化までカバーする拡張性
| 項目 | 現状(記事から) |
|---|---|
| 運用開始時期 | 今春(4月から) |
| 協力研究者 | 静岡大学・狩野芳伸教授(自然言語処理) |
| 登録講師数(面談済) | 約100人 |
静岡の企業にとっての意義と留意点
県内では人手不足が続く中、人事業務の効率化や人材育成は多くの企業にとって喫緊の課題だ。AIを用いたマッチングは、講師選定にかかる時間とコストを削減し、研修の成果を高める可能性がある。特に中小企業は人事専門人材が限られるため、外部の適切な講師を短期間で見つけられる点が実利的だ。
一方で実運用にあたっては、データの取り扱いと透明性が重要となる。面談の音声・映像などセンシティブな情報を扱うため、個人情報保護や同意の管理、解析結果の解釈に関する説明責任が求められる。また、AIの判断が過度にブラックボックス化すると、採用や登用の判断に不適切な影響を与える恐れもある。企業側はAIの出力を参考情報として活用し、人間の最終判断を明確にする運用ルールづくりが必要だ。
さらに、講師側にとってもプロフィールや面談データの更新が評価に直結するため、自己表現の仕方や登録情報の精度管理が重要となる。企業と講師双方がデータの利活用に同意し、透明な評価基準を共有することが信頼性の確保につながる。
今後の展望と地域への波及効果
狩野研究室の自然言語処理の知見を取り入れた今回の取り組みは、県内におけるHRテックの導入事例として注目される。研修の質向上や人材配置の最適化が進めば、企業の生産性向上や職場定着率の改善といった波及効果が期待できる。また、大学と地域企業の協働事例は、産学連携による実装型研究の好例として他分野への応用も見込まれる。
ただし、本格普及にはシステム精度の継続的な検証、プライバシー保護体制の整備、現場の受け入れ態勢づくりが不可欠だ。地域企業はまず小規模なトライアルを通じて有効性を確認し、段階的に社内制度へ組み込むことが現実的な進め方となるだろう。
静岡の企業が限られた人材資源を最大限に生かすための選択肢として、HRテックは今後さらに関心が高まるとみられる。地域に根差した運用と透明性の確保が、実効性を左右する鍵となるだろう。