被爆体験の継承を海外の研究者に
広島県被団協の前理事長で、北広島町に住む箕牧智之さん(84)が、被爆者や核兵器廃絶運動を研究するイタリア人大学院生に、自身の体験を伝えた。聞き取りの相手は、修士論文のテーマとして被爆者の証言と核兵器廃絶の運動を取り上げているニナ・デ・コッレさん(25)。被爆地で語られてきた記憶が、国境を越えて研究の対象となり、次の世代へ引き継がれる機会となった。
箕牧さんは聞き取りの中で、核兵器が人の命を奪う存在であることを訴え、最も大切な願いとして「第一に戦争をしないでほしい」と伝えた。核兵器廃絶という大きな課題を、戦争によって失われる一人一人の命の問題として捉え直す言葉だ。証言は、被爆の事実を説明するだけでなく、同じ惨禍を繰り返さないために何を求めるのかを明確に示している。
「核兵器は人の命を奪う。第一に戦争をしないでほしい」
今回の面会で確認できる重要な点は、証言する側と受け取る側の双方に役割があることだ。箕牧さんは自らの記憶を語り、デ・コッレさんはそれを修士論文の研究材料として聞き取る。聞き取りの内容が研究を通して整理され、イタリアを含む海外の人々に伝われば、広島で積み重ねられてきた平和への訴えを、別の言語や文化の中で考えるきっかけになる。
北広島町から発信する平和の記憶
被爆体験の証言は、広島市中心部の記憶だけに限られるものではない。県北の北広島町で暮らす箕牧さんが語ったことは、被爆者がその後どこで生活し、どのように体験を伝えてきたのかにも目を向けさせる。地域に住む被爆者の言葉を、身近な場所から海外の研究者へ届けることには、平和を考える場を広島市だけに限定しない意味がある。
一方で、被爆体験を直接語る人がいる時間は限られている。今回のように、研究を目的とする若い世代が当事者の話を聞く機会は、記録を残す上でも重みを持つ。箕牧さんの年齢、デ・コッレさんの年齢、そして研究テーマが示す組み合わせは、戦争を知る世代と、戦争を知らずに学ぶ世代の接点を具体的に表している。証言を聞いた内容をどのように論文にまとめ、読者へ伝えるかはデ・コッレさんに委ねられるが、今回の聞き取り自体が継承の一歩となる。
| 項目 | 確認された内容 |
|---|---|
| 証言者 | 箕牧智之さん(84) |
| 証言の場所 | 広島県北広島町 |
| 聞き手 | ニナ・デ・コッレさん(25) |
| 研究テーマ | 被爆者と核兵器廃絶運動を扱う修士論文 |
地域で受け止め、次へ伝える
今回の証言が地域に示すのは、平和に関する学びが特別な施設や記念日に限られず、暮らしの場で続けられるということだ。北広島町で語られた言葉を、住民が自分たちの地域の記憶として受け止めれば、被爆の経験を広島県全体の課題として考える契機になる。特に、海外から来た大学院生が証言を聞いた点は、広島の被爆体験を国際的な対話につなぐ具体的な場面として注目される。
記事で明らかになっている今回のやり取りは、箕牧さんの証言とデ・コッレさんの研究に関するものだ。面会の詳細や論文の完成時期などは示されていない。ただ、証言者が核兵器による被害を命の問題として語り、聞き手がそれを研究として受け止めた事実は確認できる。地域の側に求められるのは、証言を一度聞いて終わらせるのではなく、誰が、どのような言葉で、どの世代へ伝えていくのかを考え続けることだ。
箕牧さんが伝えた「戦争をしないでほしい」という願いは、核兵器廃絶をめぐる議論の出発点を、抽象的な政策課題から人の命を守る課題へ戻す。北広島町での聞き取りは、被爆者の記憶を海外の若い研究者へ手渡すと同時に、広島県内で暮らす人々にも、平和を自分の地域から考える必要性を示している。
今回確認されたポイント
- 北広島町在住の箕牧智之さんが被爆体験を証言した。
- 聞き手は、被爆者と核兵器廃絶運動を研究するイタリア人大学院生だった。
- 箕牧さんは核兵器のない世界と、戦争をしないことを訴えた。