視界が狭まる中でつかんだ表現手段
長崎県佐世保市在住の画家・市民活動関係者、平國厚子さん(65)は、目の難病と診断された失望を経て、独自の表現で絵画制作を続けている。平國さんが描いた一枚の「ブルームーン」は、5月31日に弓張岳から見た満月を、指先でクレヨンを塗り重ねて再現した作品だ。画材はクレヨンと油のみで、筆は用いない。
平國さんが取り入れたのは、佐世保市の画家・瀬崎正人さん(67)が編み出したという「虹彩(こうさい)法」と呼ばれる技法だ。指で色を紙に擦り付け、油を染ませた布で色をならし、紙やすりで表面を削る手順を重ねることで画面を作り上げる。この方法は筆を用いないため、視力や手の扱いが制約される人でも一定の制作を継続しやすい特徴があるとされる。
「色や光が分かる今のうちに、大好きなものを描いておきたい」
平國さんは約20年前に眼科で網膜色素変性症と診断された。記事にあるとおり、この病気は視野が狭くなり視力が低下する進行性の疾患で、進行すれば失明に至ることもある。診断当初は深い絶望を覚えたというが、以来「今見えるうちに表現したい」という思いで絵に向き合ってきた。
転機になった出会いと制作の工夫
平國さんが指で描く手法に取り組むきっかけは、2023年12月に瀬崎さんの個展を訪れたことだった。瀬崎さんの作品や手法に触れ、「指で描くなら続けられるかもしれない」と感じたという。以後、瀬崎さんが主宰するスケッチ会に参加し、技術を学びながら制作を続けている。
ブルームーンの作品について瀬崎さんは評価し、平國さん自身も「今なら描けるかも」と感じて完成に至った。指でクレヨンを塗り、重ね、布でならし、紙やすりで調整するという工程は、視界の限定された作者にとって感覚を頼る表現方法だ。筆先の細かな操作が難しくなる状況でも、直接手で素材に触れることで色や光の感覚を確かめやすい利点がある。
労働・交流の場としての地域センター
平國さんは長年、幼稚園の教員補助として働いてきたが、病状の進行に伴い退職。現在は県視覚障害者情報センター佐世保で、新聞や書籍の音声訳CD製作の複製作業に携わっている。センターでは視覚障害者やその関係者らと交流する機会があり、創作活動だけでなく、当事者同士の情報交換や社会参加の場としての意義もある。
平國さんはかつて深く落ち込んだ時期に「絵で前を向けた経験」があることから、自身の経験が地域の誰かの助けになることを願っているという。視覚に制約のある人が創作を続けるための手法や支援環境が、地域コミュニティの中でどのように広がるかは重要な課題だ。
地域への示唆と実務的な情報
今回の事例は、視覚障害を抱える住民が地域文化活動に参加し続けられる環境整備の必要性を改めて示している。具体的には次の点が挙げられる。
- 視覚障害者向けの制作技術やワークショップの普及(指先での表現方法など)
- 創作活動と就労を結びつける支援(センターを窓口にした職業訓練や委託作業)
- ギャラリーや公的施設での展示機会づくりによる当事者の社会参加促進
県内には視覚障害者支援の拠点や福祉サービスがあり、こうした場を通じて制作の継続や販路の開拓、地域交流につなげることが期待される。創作に関心がある当事者や家族、支援団体は、まず最寄りの視覚障害者情報センターや市の福祉窓口に相談することが現実的な第一歩となる。
作品と表現がもたらす地域の価値
平國さんの「ブルームーン」は、単に一枚の絵にとどまらない。視覚機能が変化する中でも感覚を研ぎ澄ませ、色や光を表現できることを示す実例だ。地域の美術活動において、多様な表現方法があることを周知する効果もある。
瀬崎さんのような地域の先達が技法を共有し、スケッチ会や展覧会を通じて接点を作ることは、当事者の創作継続を支える重要な仕組みだ。行政や市民団体、文化施設が協力して環境を整備できれば、視覚障害を抱える人々の表現の場はさらに広がるだろう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | 平國厚子(65、佐世保市在住) |
| 作品 | 「ブルームーン」(5月31日、弓張岳からの満月を再現) |
| 技法・画材 | クレヨンと油、指を用いる「虹彩法」 |
| 関係拠点 | 県視覚障害者情報センター佐世保(作業・交流の場) |
平國さんの歩みは、個人の創作欲求と社会的支援が結びついたときに生まれる新たな価値を示している。視覚の制約があるからといって表現が制限されるわけではなく、むしろ別の感覚に頼ることで独自の表現が花開く可能性がある。佐世保を含む地域社会は、こうした多様な表現を受け止め、支える仕組みづくりに取り組む必要があると感じさせる取材だった。
(藤原 楓)