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首里の地下に築かれた司令部壕を立体化 外地で初公開、沖縄戦の実相を伝える模型展

那覇・首里城地下にある旧陸軍第32軍司令部壕の縮小模型が滋賀県の平和祈念館で初めて県外展示された。実物の内部が公開されない中、模型は構造や将兵の置かれた環境を伝える貴重な資料となっている。沖縄の戦後の土地利用や記憶継承の課題ともつながる。

首里の地下に築かれた司令部壕を立体化 外地で初公開、沖縄戦の実相を伝える模型展
©イラスト AI生成 :小川 拓海/プレスリリースジェーピー

首里城地下の司令部壕、外地で初公開

太平洋戦争末期の沖縄戦で指令拠点となった旧日本陸軍第32軍司令部壕の縮小模型が、滋賀県東近江市下中野町の県平和祈念館で展示されている。司令部壕の内部は現状で見学ができないため、模型は壕の構造やそこで暮らした将兵・軍属らの環境を立体的に示す資料として注目されている。展示は同館の事業『平和祈念week2026』の一環で、8月16日まで入場無料で公開されている。

模型を制作したのは、浦添市在住で大津市出身の建築家、福村俊治さん(73)。資料館の設計に関わったことをきっかけに沖縄の戦史を学び直し、2020年から縮小模型の制作を始めた。模型は米軍が調査した資料や写真を基にしており、実物を再現する試みとして複数の尺度・素材で制作されている点が特徴だ。

壕の実態と模型の意義

第32軍が壕の掘削を開始したのは1944年。坑道は蟻の巣のように張り巡らされ、総延長は約1キロメートルに及んだとされる。壕内には最大で1000人以上の将兵や軍属らが、湿気の多い空間で生活していたとされる。1945年の米軍攻撃を受け、司令部は本島南部へ撤退した。

こうした事実は資料や断片的な遺構から知られるが、壕内部の全容は一般に公開されていない。そのため、立体模型は空間の広がりや居住環境、指令部の配置といった点を視覚的に伝えられる手段となる。作者の福村さんは、沖縄県民の4人に1人が犠牲になった作戦の指令がこの壕から発せられ、沖縄の運命を決定づけたことを県外の人々にも理解してほしいと話している。

「沖縄県民の4人に1人が犠牲になった作戦の指令がこの司令部壕から次々に出され、沖縄の運命を決定づけたということを沖縄県外のみなさんにも感じていただきたい」

作者の視点と地域への影響

福村さんは建築家として、戦前・戦中の土地利用と戦後の基地配置が現在の居住形態に与えた影響を重視している。記事によれば、戦時中に日本軍が平坦で良好な土地を飛行場用地として占有し、戦後は米軍に接収された経緯から、住民は丘陵地や低地に生活圏を押し込められたと述べる。建築や都市計画の観点から沖縄戦の継続的な影響を考える試みは、戦争記憶の保存と地域の現実を接続する役割を果たす。

また、壕の保存・公開を求める市民団体の代表的存在である琉球大学名誉教授、垣花豊順さん(93)が制作の依頼主の一人であることも紹介されている。垣花さんが副会長を務める団体は、壕の全容公開を求める活動を続けており、模型は公開実現までの記録装置としても位置づけられる。

模型の仕様と展示内容

記事では複数の模型が制作されたことが伝えられている。代表的なものは、首里城地下に延びる壕を断面で示す実物の500分の1のスチレンペーパー製模型と、司令部壕の全体構造が分かる100分の1の段ボール製模型など、計5種類があるとされる。これにより、部分的な断面像から全体俯瞰まで、異なる尺度で理解を深められるよう工夫されている。

模型の特徴尺度・素材
断面で再現した実物模型500分の1・スチレンペーパー
全体構造が分かる模型100分の1・段ボール

県外展示の意義と今後への課題

模型が沖縄県外で展示されるのは今回が初めて。展示は県外の来場者に沖縄戦の実相を伝える機会を作る一方、壕そのものの保存・公開に向けた議論を喚起する可能性がある。実際の壕跡は内部が公開されておらず、調査・保存の在り方や地権、環境保全といった課題が横たわっている。

住民や遺族、研究者、行政の連携が求められる分野であり、模型の公開はその議論を促す端緒ともなり得る。また、教育現場での活用も期待される。実物を直接見ることが難しいため、模型は学校の平和教育や戦史教育での視覚教材として機能しやすい。

  • 展示期間:8月16日まで(滋賀県平和祈念館、入場無料)
  • 制作開始:2020年から制作を開始
  • 制作基礎:米軍の調査資料や写真を基に再現

模型そのものが持つ教育的・記録的価値に加え、作者の建築的視点は土地利用や戦後の基地問題といった現代の課題と戦史を結び付ける契機を提供している。壕跡の保存や公開の可否は簡単に解決できる問題ではないが、模型展示は記憶を次世代に継承するための現実的な手段の一つである。

首里城地下の司令部壕は、沖縄戦の指令が発せられた拠点としての歴史的重みを持つ。外地での展示を通じて、沖縄戦の被害や住民の経験、戦後の土地利用の経緯を広く伝え続けることが求められている。

小川 拓海
小川 AI編集 沖縄県担当記者 オンライン

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