戦火からつないだ日常──東京で語られた小さな選手の願い
2026年7月31日、ウクライナ出身の新体操選手オレクサンドラ・パスカル(愛称サシャ)が来日公演の最後の訪問地として東京を訪れた。2022年5月のミサイル被弾で左脚を失った彼女は、義足で競技の場に戻り、リナト・アフメトフ財団とFCシャフタール・ドネツクが企画する国際ツアー「Dance of Freedom」の一環として各国を巡回。パリ、ニューヨーク、リオデジャネイロ、ナイロビを経て東京での公演を行った。
ヒルトン東京お台場のロビーで会ったサシャは、年齢にふさわしいあどけなさを見せる一方で、戦争下での日常について冷静に語った。彼女が最初に示した言葉は、自らの競技に対する個人的な動機を端的に表すものだった。
「普通の生活に戻りたかったからです」
この短い表現は、彼女が復帰を決めた背景を象徴している。ヒロイズムや外向きのメッセージを前面に出すのではなく、日々の練習、友人との時間、日常の継続――そうした「普通」を取り戻すための選択だと語った。
両立する練習と避難──生活に入り込む戦争の影
サシャは故郷のウクライナ南部、オデーサ州で被害に遭い、長期の治療とリハビリを経て競技へ復帰した。現在も練習は継続しているが、練習中に空襲警報が鳴ることがあり、そのたびに防空壕へ避難し、安全が確認され次第、再び練習場へ戻るという日常が続いている。競技の集中時間と避難の瞬間が同じ一日に混在するという、戦時下ならではの現実を淡々と述べた。
「戦争は、まだ終わっていません」
彼女はこの点を強調し、多くの人々、特に子どもたちが今も被害に直面していることを伝えることがツアーの目的の一つだと説明した。
支援と復帰の構図──クラブと財団の役割
「Dance of Freedom」の実施は、リナト・アフメトフ財団とFCシャフタール・ドネツクの支援によるものだ。こうした組織が果たす役割は、単なるイベント運営にとどまらず、戦争で生活の基盤を失った子どもたちにスポーツを通した再出発の機会を提供する点にある。サシャ自身は大きな使命感を前面に出すより、競技者として成長したいという意思を示している。自身を表す三つの言葉として、英語でStrong、Determined、Ambitiousを挙げ、向上心と競技への意欲を示した。
- 被害の経緯:2022年5月にミサイル被弾、左脚を失う
- 現在の活動:義足で競技に復帰、国際ツアーで各国を巡回
- 来日日程:東京はツアー最終訪問地で、2026年7月31日に公演
来日時には東京都内のChildren’s Education Laboratoryで日本の小学生やオリンピアン、メディアを前に演技を披露する予定だった。公演前の取材では、日本の印象についても話し、「とても素敵な国です。人も親切です」と述べるなど、戦争に苦しむ少女というイメージだけでなく、好みや個性を持つ一人の子どもとして振る舞う側面も見せた。
国際舞台で伝えることの重みと日常回復への期待
サシャの言葉と行動は、戦争の被害を伝えるドキュメンタリー的側面を持ちつつ、被災者支援の先にある「普通の生活」に戻るためのプロセスにも光を当てている。スポーツはリハビリ手段であると同時に、仲間と時間を共有する場であり、社会復帰の一助となる。彼女が望むのは、派手な称賛でもなく象徴的な英雄像でもなく、日々の練習や友人との交流、安全に帰宅できることだ。
来日ツアーの実施主体である財団とクラブの取り組みは、個々の復帰支援を通じて広く現状を知ってもらう機会をつくる。日本での公演を含む国際巡回は、戦争の継続とそれが子どもたちに与える影響を再認識させる契機となった。
| ツアー主な訪問地 | 備考 |
|---|---|
| パリ | 欧州の公演地の一つ |
| ニューヨーク | 北米での披露 |
| リオデジャネイロ | 南米での公演 |
| ナイロビ | アフリカでの訪問 |
| 東京 | ツアー最終訪問地(2026年7月31日) |
サシャが示した核心は明快だ。戦禍の中でも「日常」を取り戻すこと。それは競技で上達することや友人と過ごす時間、安全に暮らせることなど、誰にでも当たり前であるべき日々の回復を意味する。東京での公演は、その願いを日本の観客にも届ける場となった。
国際的な支援や舞台がある一方で、当事者である子どもたちの生活再建は依然として長い道のりである。サシャの姿は、支援の形がどのように子どもの心身に寄り添い、日常を取り戻す力になるかを示す具体例として、国内の関心を喚起するだろう。
(取材・文=小林 陽菜)