首里城地下の司令部壕を立体化 沖縄の戦争体験を県外へ
太平洋戦争末期の沖縄戦で作戦指令が発せられた旧日本陸軍第32軍司令部壕(那覇市、首里城地下)の縮小模型が、滋賀県東近江市下中野町の県平和祈念館で展示されている。司令部壕は内部が一般に公開されておらず、模型は沖縄戦の実相を立体的に伝える資料として注目される。展示は8月11日付の報道によれば16日までで、入場は無料である。
模型を製作したのは、沖縄県浦添市在住で大津市出身の建築家・福村俊治さん(73)。福村さんは2020年から制作を始め、断面図で再現した実物の500分の1のスチレンペーパー製模型や、司令部壕全体構造が分かる100分の1の段ボール製模型など、計5種類を作成したという。模型は、米軍の調査資料や写真を基に構成されている。
「沖縄県民の4人に1人が犠牲になった作戦の指令がこの司令部壕から次々に出され、沖縄の運命を決定づけたということを沖縄県外のみなさんにも感じていただきたい」
この言葉は、模型の展示に際して福村さんが述べたとされるものである。沖縄戦は総戦没者数が20万人を超え、島民にも甚大な被害が及んだ史実がある。福村さんは、もともと沖縄の歴史を身近に感じていなかったが、沖縄県平和祈念資料館の設計に関わる過程で歴史を学び直し、模型制作に至ったと報じられている。
模型制作には、保存・公開を求める運動に携わる研究者の協力もあった。琉球大学名誉教授で「第32軍司令部壕の保存・公開を求める会」の副会長を務める垣花豊順さん(93)からの依頼を受け、作業が始まったとされる。壕の全容が公開されていない現状を踏まえ、立体的な資料を残す必要があるとの判断による。
住民と訪問者への示唆と実務的な情報
今回の県外展示は、沖縄県外の来館者に対して沖縄戦の地理的・構造的背景を伝える機会となる。同時に、沖縄内外での記憶継承の方法や、被害の実相をどのように伝えていくかという議論を促す契機にもなり得る。県内住民にとっては、壕跡そのものが容易に見学できない現状で、模型が視覚的理解を補う役割を果たす。
- 展示場所:滋賀県平和祈念館(東近江市下中野町)
- 展示期間:報道によれば16日まで
- 入場:無料
模型はスチレンペーパーや段ボールなど素材を使い、断面や全体像を異なる縮尺で再現している。こうした多様な模型は、坑道がアリの巣状に総延長約1キロに及んだとされる構造や、最大で千人以上の将兵や軍属が湿気のある空間にいたとされる実態を視覚的に示す設計になっている。
| 模型の種類 | 縮尺 | 素材 |
|---|---|---|
| 断面で再現した実物模型 | 500分の1 | スチレンペーパー |
| 全体構造が分かる模型 | 100分の1 | 段ボール |
福村さんは、模型を通して「沖縄戦が過去の出来事ではなく、現在の土地利用や住民生活の背景とつながっている」と指摘する。記事では、戦時中に良好な土地が飛行場やその後の基地として使われ、住民が丘陵地や低地に密集して暮らさざるを得なかった経緯にも触れている。これらは戦後の基地問題や土地利用、地域の社会構造とも関わる点で、住民にとっての関心事項である。
今回の展示は沖縄県外での初の公開となる。県外の来館者が模型を通じて壕の構造や当時の指令系統の位置づけを理解することで、沖縄戦の歴史的背景の理解が広がることが期待される。一方で、壕跡の保存・公開問題は依然として残っており、今後の保存方針や公開の在り方に関する議論が地域レベルでも改めて求められるだろう。
展示の詳しい日程や関連イベントの有無、現地での解説の実施などは平和祈念館に問い合わせるとよい。壕跡そのものを訪れる際のルールや安全面、保存・公開に関する自治体の方針についても、関係機関の最新情報を確認することを推奨する。