被災体験が残した記憶と日常の変化
2018年7月の西日本豪雨で倉敷市真備町は甚大な被害を受けた。被災当時を覚える中学生の石井蓬さん(14)と西原那香さん(14)は、当時は小学校1年生だった。石井さんは大雨の夜、家族と避難した。住んでいたアパートは完全に水没し、「ひょっとしたら死んでいたかも」という恐怖が胸に残ったという。西原さんは自宅が床下浸水にとどまったが、遊ぶ相手を失った生活が当たり前となり、それを受け入れるしかなかったと振り返る。
学校は9月3日に再開したが、遠方の仮設住宅から通う児童も多く、放課後に集まることが難しかった。授業で災害の話題が出ると感情が溢れ出す児童もおり、雨や大きな音におびえる子どももいた。石井さんと西原さんは、周囲の空気を読み、自分の気持ちにふたをしてきた面があると話す。
まび未来プロジェクトへの参加と実践
中学進学後、2人は地域の中学生が防災やまちづくりを考える「まび未来プロジェクト」(MMP)に参加し始めた。主導するのは真備町の会社員、松本竜己さん(61)。プロジェクトは地域住民を巻き込むイベントなどを通じて、子どもたちが主体的に関わる機会をつくってきた。
プロジェクトの一環として、2人は今年の春休みに能登半島地震の被災地である石川県珠洲市を訪れた。復興の遅れを目にしたことや、被災地での子ども支援活動に触れた経験が、2人の意識を動かした。2人に与えられた役割は、現地の子どもたちの遊び相手。閉鎖されたホールで3日間、数十人を相手に鬼ごっこやお絵描きを行い、子どもたちの笑顔を目にした石井さんは、自分がかつて望んでいた遊びの姿を思い出したと語る。
「私、こんなふうに遊びたかったんだ」—石井さん
回復と将来への視点
被災体験を共有し合う中で、2人は徐々に将来の進路や他者への関わり方に目を向け始めた。書道に打ち込む石井さんは福祉関係の道に関心を持つようになり、陸上短距離で活躍する西原さんは警察官への憧れを抱いている。いずれも「誰かの役に立ちたい」という思いを共有している点が特徴だ。
つらい経験を抱えた当事者同士が、互いにいることで心のケアにつながる様子は、地域の復興・防災教育の実践として示唆に富む。2人は今後も松本さんと能登半島を再訪する計画を持ち、共感を通じた癒やしや、被災経験に向き合う機会を続けていく意向だ。
地域と学校に求められる支援
今回の取材で浮かび上がったのは、被災を経験した子どもたちへの長期的な支援の重要性だ。震災・豪雨直後の避難や仮設での生活再建が一段落しても、子どもの心には時間をかけたケアが必要となる。教育現場や地域の活動が、当事者の話を受け止める場を持ち続けることが求められる。
具体的には以下のような点が住民や関係者の関心事になるだろう:
- 学校や地域での定期的な心のケアや相談窓口の整備
- 子どもたち自身が参加できる防災・復興に関する学びの継続
- 被災地同士の交流機会(支援先でのボランティアや復興支援活動)の推進
石井さんと西原さんのケースは、被災の記憶をどう共有し、次世代の防災力や地域愛につなげるかという課題を考えるうえで示唆的である。外からの支援や行政の施策だけでなく、地域内での気づきと当事者の声を尊重する取り組みが重要だ。
住民への実務的な示唆
被災経験を持つ家庭や子どもがいる地域では、下記を参考に日常の支援につなげてほしい。
- 家族・学校間で定期的に子どもの様子を共有する場を設ける
- 地域の防災・復興イベントに子どもが主体的に参加できる機会を作る
- 被災体験を語ることが難しい子どもへの配慮を継続する(無理に語らせないことも含む)
石井さんと西原さんは「真備が大好き」と語り、いまは互いを「一番の親友」と認め合う。被災を乗り越えつつ、地域の一員として次の世代に何を残すかを考え始めている姿は、真備の復興が単なる物的再建だけでないことを示している。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 2018年7月 | 西日本豪雨発生(真備で被災) |
| 2018年9月3日 | 学校再開(記事中の記載) |
| 2026年 春休み | 石井・西原両氏が珠洲市の被災地支援に参加 |
(取材・文:近藤 健、プレスリリースジェーピー 岡山県担当)