別府の大学生が語る「日本でムスリムとして生きる」実感
別府市在住の大学生、藤田ダリーンさん(20)は、エジプト出自の父と日本人の母の間に生まれた日本国籍の若者だ。2014年に日本へ移り、奈良県内の小学校で過ごした時期には、過激派組織による人質事件が社会の視線を厳しくしていた。その結果として級友から「お前の目、テロリストみたい」や「死ね」といった言葉を浴びせられ、深い苦しみを味わったと明かす。
藤田さんは、家庭で教えられた教義を守ることと、学校での集団行動の間で葛藤を抱いた経験を語る。給食の場面で「いただきます」を巡り責め立てられ、合掌する行為が宗教的観点で問題視された場面を忘れられないと述べる。
大学での出会いが問いを変えた
2024年春に立命館アジア太平洋大学(別府市)に進学したことが転機になった。各国の学生が集うキャンパスで、異なる考え方のムスリムや他宗教の人々と交流する中で、教義やその解釈、自らの信仰の在り方について深く問い直した。
- ヒジャブ(髪を隠す布)を選ぶ理由
- 一夫多妻など聖典に記された記述への疑問
- イスラム社会での女性の扱いと個人としての受け止め方
藤田さんは、教えそのものに良さがあると評価しつつ、解釈や運用の仕方で問題が生じる点も認める。食事や婚前交渉に関する規律が、自身の身体と心を守ってきたという実感も伝える。自分の頭で納得することを重視する性格から、疑問点は直接、公開の場で問いただすこともあったと語る。
地域の出来事が「自分ごと」になる
藤田さんは、日出町でのムスリム向け土葬墓地の整備が地域の反対で頓挫したニュースに強く心を動かされたという。「同じ日本人が土葬を求めていると分かれば、社会は受け入れてくれるのかな」と述べ、死に場所や慣習といった問題が個人的な身分や出自に結びついて受け止められる現実を示唆した。
「自分の国で死ねと言うけれど私の国は日本。同じ日本人が土葬を求めていると分かれば、社会は受け入れてくれるのかな」
地域社会と行政に求められる対応
藤田さんの体験は、差別や誤解が個人の生活に直結すること、また宗教的実践が日常の場で摩擦を生む可能性を改めて示している。地域住民にとって重要なのは、当該個人の経験が特異な話で終わらないよう、社会的な受容の枠組みを整えることである。
具体的には次のような点が考えられる。
- 学校現場での多文化理解教育の推進と、差別的発言に対する有効な対応策の周知・実施
- 大学や地域団体による対話の場の設置、当事者の声を反映した支援策
- 宗教的慣習(埋葬方法など)にかかわる地域調整の透明化と情報共有
これらは大分県内に限らず全国的にも課題として挙げられているが、藤田さんのケースは具体的な地域社会の中でどのように対応が進められるべきかを考える契機を与える。
住民への実用的な情報と今後の視点
宗教や慣習に起因する生活課題について、住民が日常的にできる取り組みとしては次の点がある。
- 相手の習慣や宗教的配慮に関する基本的な知識を学ぶ(図書館や自治体の講座を利用する)
- 学校や職場で差別的言動を見聞きした場合の相談窓口や対応フローを確認する
- 地域イベントや大学、NGOが主催する交流の機会に参加し、直接対話する
行政や教育機関は、当事者の声を聞き取り、被害の再発防止や理解促進に向けた施策を明確にする必要がある。今回の取材で示されたように、同一の宗教を持つ人々の内側でも解釈や実践の差があり、単純な二分法では議論が収まらないことを踏まえた上での対応が求められる。
| 氏名 | 藤田ダリーンさん |
|---|---|
| 年齢 | 20 |
| 在住 | 別府市 |
| 大学 | 立命館アジア太平洋大(2024年春進学) |
| 日本への移住 | 2014年 |
藤田さんの声は、大分県内で暮らす当事者の実感を示すと同時に、地域社会が多様性とどう向き合うかを問う。差別的言動は個人の尊厳を損ない、社会的な孤立を招く。市民、教育機関、行政がそれぞれ役割を果たし、対話と理解を深めるための仕組みづくりを進めることが、地域の安心につながる。
(松田 理恵)