味の素NTCで公開、eスポーツに本格的な科学支援の舞台が設置
7月31日、味の素ナショナルトレーニングセンター・イーストで一般社団法人日本eスポーツ協会(JESU)と連携して開設された「HPSC Eスポーツラボ」のメディア向け発表会が行われた。新施設は、これまでオリンピック・パラリンピックのアスリート支援で蓄積された医学・栄養・睡眠などの知見をeスポーツへ転用することを目的に設けられた。
設置主体である独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)のハイパフォーマンススポーツセンター(HPSC)は、従来から国際競技力向上に向けた支援を行ってきた組織だ。今回のラボは、そうした体制と専門性を、従来のフィジカルスポーツだけでなくデジタル競技に対しても全面的に適用する試みとして位置付けられている。
三つのゾーンで「競技」と「コンディション」を一体化
施設は、選手の練習環境と健康管理を同時に担う構造を採る。具体的には、交流や休息を重視するウェルビーイングゾーン、実際のプレイ環境を想定したeスポーツゾーン、そしてVRなどを用いるバーチャルスポーツゾーンの三領域で構成される。単なるゲーミングルームではなく、選手の長期的なパフォーマンス維持を見据えた設計だ。
| ゾーン名 | 主な目的 |
|---|---|
| ウェルビーイングゾーン | 休息・コミュニケーション・リカバリー |
| eスポーツゾーン | 競技特性に合わせたトレーニング環境 |
| バーチャルスポーツゾーン | VRを用いた反応・認知トレーニング |
計測と振り返りで「見えない要素」を数値化
発表会では、プレイ中の生体データの取得方法が示された。脳波や視線、心拍数、体温など複数のセンサーで得たデータを、映像と突き合わせて解析することで、選手個々の反応や疲労のサインを可視化するという。こうした計測結果を踏まえた振り返りは、経験だけに頼る従来の方法とは一線を画す。
「これまで選手個人の経験に頼る部分が大きかったトレーニングに、スポーツ医・科学の知見が活用されることへの期待」
この発言はJESUの共同代表理事・副会長が示したもので、eスポーツの現場で長年蓄積されてきた実戦的ノウハウと、科学的アプローチを融合させる必要性を指し示す。データに基づく評価は、戦術的な改善だけでなく、長期的な健康管理や障害予防にも資する。
既存の合宿実績と研究への展望
JESUとの連携は2024年3月から始まり、選手ヒアリングや合宿、アンケートなどを経て今回のラボ設置に至った。発表会では、これまでの合宿でスポーツ医学、栄養、心理、睡眠の支援に加え、脳波やバイタルの測定が実施されてきたことが紹介された。今後は、デジタル機器を活用した研究も推進する意向だとされた。
- オリ・パラで培った支援体制をeスポーツへ展開
- プレイ中の脳波やバイタルなど多面的データの収集・解析
- 計測結果に基づく振り返りとコンディショニングの普及
国際大会を控えた現場への影響
今年9月に始まるアジア競技大会では、eスポーツが正式メダル競技として行われ、日本からは複数種目に代表選手が派遣される見込みだ。そうした国際舞台を見据え、データドリブンな支援体制を整備する試みは、短期的には代表選手の調整や選考プロセスに、長期的には国内競技力の底上げやプレイヤーの健康管理に寄与する可能性が高い。
ただし、この取り組みが成功するかどうかは、計測データをどう解釈し、実践的なトレーニングへ落とし込むかにかかっている。eスポーツはタイトルごとの競技特性が大きく異なるため、共通の評価指標だけで全選手に適合させるのは難しい。現場の実務担当者やコーチングスタッフと研究側の連携が鍵となるだろう。
普及と倫理、そして選手保護の課題
医療・科学データを取り扱う上でのプライバシー保護と倫理の確立も不可欠だ。脳波やバイタルは極めて個人的な情報であり、その収集・活用は厳格な管理下で行う必要がある。さらに、データに基づく評価が選手への過度なプレッシャーや不利な選考につながらないような運用ルールも求められる。
また、得られた知見をどのように広く普及させるかもポイントだ。HPSC側は研究で得た知見をコンディショニングハンドブック等で公開する方針を示している。これが実現すれば、トップ選手だけでなく、アマチュアや教育現場にも良質な指針が届く可能性がある。
結び——科学で競技を支える新たな挑戦
今回の「HPSC Eスポーツラボ」開設は、eスポーツが競技として成熟する過程で避けては通れない一歩だ。国家レベルのスポーツ科学をデジタル競技に適用する試みは、選手の健全な成長と国際舞台での競争力強化を目的とする。だが成功の可否は、科学と現場、選手保護の三つをどうバランスさせるかにかかっている。
発表会で実演されたのは、『ぷよぷよeスポーツ』と『eFootball』の選手による練習風景だった。実戦に近い状況でデータ取得と振り返りを行うことで、従来の経験則に科学的根拠を加える取り組みが具体化している。今後、研究成果がどのように指導現場へ浸透し、国際大会での成果につながるかを注視したい。