歴史と現在をつなぐ尻屋埼灯台の節目
青森県東通村に立つ尻屋埼灯台が今年、点灯から150周年を迎える。1876年(明治9年)に東北で初めての洋式灯台として点灯し、以来、津軽海峡に向かう航路の目印として機能してきた。灯台は英国人技師リチャード・ヘンリー・ブラントンの設計によるもので、れんが造りの二重円筒形式、現在の高さは32.8メートル。現役のれんが造灯台としては日本一の高さを誇る。
節目を記念して、灯台が立地する全国6市村の持ち回りで開かれている「灯台ワールドサミット」が、東通村などを会場に11、12日の両日に開催される。サミットは灯台の国際的・地域的価値の発信を目的とし、参加自治体は東通村のほか三重県志摩市、千葉県銚子市、静岡県御前崎市、島根県出雲市、秋田県男鹿市となっている。
「景色の良さにとどまらず、長い歴史に思いをはせると、また一段と面白い灯台に見えるはず」
この言葉は、灯台の歴史を研究する公益社団法人・燈光会尻屋埼支所の三宅真二さんのものだ。尻屋埼灯台は霧が発生しやすく周辺に岩礁が多い「難破岬」と称される海域に位置する一方で、太平洋から津軽海峡、さらに日本海へと通じる海路の交差点として重要な役割を果たしてきた。
積み重ねられた技術史と被災の記録
歴史的に見ても尻屋埼灯台は日本の灯台技術の最先端を反映してきた。点灯翌年に鐘(霧鐘)を用いた音響による霧対策を導入したのに続き、1901年には日本で初めて光源を石油から電気のアーク灯へ切り替えた。これらの技術導入は試行錯誤を伴い、のちに霧鐘は水蒸気式の霧笛に替えられ、アーク灯も電球へと移行している。
また灯台は自然や戦争の被害も受けてきた。1883年には隕石の落下でガラスが破損し、終戦の年である1945年には米軍の空襲で点灯不能になったことも報告されている。いずれの被害も修繕され、現在も当時の痕跡が内部に残る。
文化財としての評価と来訪状況
技術的・歴史的価値が認められ、尻屋埼灯台は2017年に国の登録有形文化財に指定され、さらに2022年には国の重要文化財にも指定された。毎年の参観期間は4月から11月で、のぼれる灯台として訪れる人は年間で約2万人に上るという。
150周年行事の内容と観光への影響
11日と12日の両日は尻屋埼灯台の参観が無料となる。11日には灯台周辺で150周年記念式典が行われ、村の伝統芸能である能舞の上演や地元出店によるマルシェ(13店舗)が予定されている。さらに海上保安庁音楽隊のミニコンサートやゆるキャラ交流会など、家族連れでも楽しめる催しが組まれている。
両日の午後には会場をむつ市のプラザホテルむつに移し、「灯台2.0−灯台が、人と地域を導く時代へ」をテーマにしたパネルディスカッションが開かれる。主催は東通村や県、八戸海上保安部など関係団体で構成する実行委員会で、灯台を核とした地域振興や文化発信の方策を議論する場と位置づけられている。
- 参観期間:例年4月〜11月(今年の150周年記念で11・12日は参観無料)
- 主な催し:150周年記念式典、能舞、マルシェ(13店舗)、海上保安庁音楽隊、ゆるキャラ交流、パネルディスカッション
- 参加自治体:東通村、志摩市、銚子市、御前崎市、出雲市、男鹿市
| 項目 | 概要 |
|---|---|
| 建設・初点灯 | 1876年(明治9年) |
| 高さ | 32.8メートル(れんが造、二重円筒形式) |
| 文化財指定 | 登録有形文化財(2017年)、国重要文化財(2022年) |
| 年間来訪者 | 約2万人(参観期間は4〜11月) |
地域住民と観光・経済への期待
150周年行事は単なる記念ではなく、地域経済への波及を念頭に置いた取り組みでもある。東通村内の飲食店や土産物店が出店するマルシェは、地元の特産品を直接販売する機会になる。灯台参観の無料化は普段訪れない層の来訪を促し、結果的に周辺宿泊や飲食需要を押し上げる可能性がある。
一方で、来訪者増加に伴う交通や駐車場、環境保全の課題への対応も求められる。灯台周辺は天然記念物である寒立馬の放牧地が近接しており、自然環境や住環境とのバランスを保ちながら観光振興を進めることが重要だ。
まとめ:歴史遺産を活かす試み
尻屋埼灯台の150周年は、灯台そのものの歴史的・技術的意義を再確認する契機であると同時に、地域の魅力発信と観光振興を結びつける機会でもある。今後は、保存と活用の両立、周辺インフラの整備、自然環境保護を踏まえた持続的な観光施策が問われるだろう。灯台が長年にわたって海の道しるべであり続けてきたように、地域の未来を導く存在としての役割も期待されている。