名古屋大病院、15年の取り組みと今後の課題
名古屋市昭和区にある名古屋大学病院は、患者安全を専門に扱う体制を全国に先駆けて整備してきた。4月からは全国の病院で医療安全管理者の配置が義務化されたが、名大病院は約15年前に専任の担当教授を置き、業務改善や人材育成を続けている。現場ではヒヤリ・ハットの報告を精査し、事故の未然防止と発生時の適切な対応を二本柱とする取り組みが日常化している。
病院内を巡回するスタッフは、患者の氏名確認や投薬時の注意点の共有状況などを点検する。患者安全推進部の活動は、単に事故を記録するだけでなく、報告を要因分析に結び付け、再発防止策を現場に落とし込む実務に重心がある。取材で確認した現場の動きは、組織的な監視と現場改善が連動していることを示している。
具体例:器具の組み合わせによる事故発生と速やかな対策
今年5月、手術で注射器と針の組み合わせに起因する事例が発生し、針が外れて患者がけがを負う事故につながった。事故を受けて同部は病院内で使われる注射器と針の規格調査を行い、特定の組み合わせが外れやすいことを確認。製造業者とも確認を取り、6月中旬からは外れない組み合わせに限定して使用する運用に切り替えた。
この対応は、報告—原因究明—対策導入という基本的な流れが機能した例だ。患者安全推進部が現場の小さな異変を見逃さず迅速に対処したことで、同様の事故の拡大を防ぐ効果が期待される。
長尾能雅副病院長の足跡と方針
患者安全推進部を率いる長尾能雅副病院長(57)は、呼吸器内科の出身で、名大病院に入局した2001年当時から医療の現場で事故の危険性を意識してきた。2002年に同病院で手術中の大量出血による死亡事故が起きたことは、現場の縦割りや連携不備が重大事故に結びつくことを痛感させる契機になったという。
長尾氏は2005年に京都大病院で医療安全管理室長を務めた後、2011年に名大病院へ戻り患者安全の専任教授に就任した。名大病院では12年ごろからトヨタ自動車と提携し、現状把握、要因分析、対策立案といったトヨタの品質管理手法を医療の場に取り入れてきた。この手法によって、業務プロセスの見える化や改善のサイクルが定着しつつある。
「医療を人間がやる以上、ミスは起きる。それを人体への被害につなげないために、医療界はあらゆる知恵を結集しなければいけない」— 長尾能雅(病院内の取組説明より)
データで見る報告件数と傾向
病院内で報告されたヒヤリ・ハットの件数は年々増加しており、名大病院の25年の報告は約1万4千件、うち医師からの報告は約1千件で、10年前と比べて医師からの報告が倍増している。
| 項目 | 件数 |
|---|---|
| 病院内ヒヤリ・ハット報告(25年) | 約1万4千件 |
| うち医師からの報告 | 約1千件 |
報告件数の増加は、表面的には発生件数の増加を意味する可能性があるが、長尾氏はむしろ医療従事者が問題に真摯に向き合っている証左だと説明する。報告が増えることで、実際の伝達ミスやケアの不備が明らかになり、対策が具体化するサイクルが生まれる。
名古屋の患者・家族への影響と実用的な注意点
名古屋で医療を受ける住民にとって、こうした病院内の取り組みは直接的な安全性向上につながる。具体的には次の点が日常で確認できる安全対策だ。
- スタッフが患者確認(氏名・生年月日等)を行う場面が増えること
- 投薬や注射器具使用時に器具の規格や組み合わせが明示され、誤使用を防ぐ運用が徹底されること
- 診療や検査での情報伝達が標準化され、受診者への説明がより丁寧になること
受診する際の実用的な助言としては、来院時に本人確認書類を携行し、投薬歴やアレルギー情報を正確に伝えること、診療内容や検査結果の説明で不明点があれば遠慮せず確認することが重要だ。こうした患者側の基本的な行動が、医療側の安全管理と相まって二重、三重の防護壁を作る。
また、万一問題が発生した際に病院側が迅速に報告・分析し適切な対策を講じるためには、患者や家族が事実関係を冷静に伝えることも有効だ。病院側の説明や対応に納得が行かない場合は、院内に設置された相談窓口や地域の医療相談機関を活用する手段がある。
名古屋地域の医療全体の信頼を高めるには、病院単独の努力だけでなく、患者・家族、地域社会、行政の連携も不可欠だ。今回の取材で確認した名古屋大病院の取り組みは、現場の小さな観察と組織的な分析をつなげ、具体的な改善に結び付ける好例である。リスクを完全にゼロにすることは難しいが、被害を小さく抑えるための努力は日々続いている。